塵芥拾

ぽっと思いついたことを書いています。

パサライト 半地下の家族

『パラサイト 半地下の家族』(2019年)

監督:ポン・ジュノ

主演:ソン・ガンホ

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 昨年の年末の先行上映をやっていたので観ていました。ブログを始める前に観た映画なのでいままでこの映画についてかくことはなかったのですが、アカデミー賞を受賞したということで取り上げることとしました。

 

 

 まず監督のポン・ジュノは、言わずと知れた韓国を代表する監督ですね。「殺人の追憶」「グエムル 漢江の怪物」「母なる証明」「オクジャ」を今まで観たことがありました。「母なる証明」は大好きな作品です。是非観てみてください。また「オクジャ」や「グエムル」はエンターテイメントに昇華しながらも社会的な問題に切り込んだ良作でした。今回の「パラサイト」もその系譜にのった作品と言えそうです。

 

 

 次に主演のソン・ガンホですが、彼は監督のポン・ジュノとこれまで「殺人の追憶」「グエムル」「スノーピアサー」で仕事をともにしています。(スノーピアサーは未見ですが)自分が観た作品として他には、「JSA」「大統領の理髪師」「タクシー運転手 約束は海を越えて」などがあります。少しコミカルで朴訥とした人物を演じることが多い印象です。

 

 

 とWikipediaでも調べられるような情報をだらだらと書いてしまいました。正直韓国社会について詳しくはないので、劇中の半地下の人々と富裕層の問題などについてはよく知りません。映画を観ていて、韓国でもやっぱり富裕層からは貧民の暮らしは隠されてしまっているのだなとか、米国とかそういった”ブランド”名に惹かれる人が多いのだなとか、受験戦争の厳しさを感じる程度でした。

 

 この映画を観ていた時とても強く感じたのが、ヒッチコックの系譜を継ぐ超王道サスペンスだということでした。ヒッチコックの「ロープ」に代表されるようにサスペンスはしばしば”テーブルの下の爆弾”と形容されます。この映画でも実際にテーブルの下に三人が隠れる場面がありました。またそもそも富裕層の日常を主眼とすることもヒッチコックの手法”日常の中にひそむ悪”を感じさせるものでした。(ここでの悪は広義のものです)一家全員が家庭に潜入していること、家庭教師先の娘との恋愛、雇用者へと募っていくヘイト、シェルターに暮らす夫婦などです。いつばれてしまうのか=秩序の喪失を恐れてしまう構図といえます。

 

 ヒッチコックの台頭とともにサスペンス表現が一つの頂点に達したのは1950年代と言われています。この時期のアメリカでは、保守的、画一的、規範順守的な社会と言われ抑圧が行われ、見えないところに追いやられるものが存在しました。まさに”日常の中に潜む悪”があったと言えます。しかし1960年代に入り、次第に公民権運動など抑圧されたものの噴出やベトナム戦争をきっかけにアメリカンニューシネマといった新しい映画の時代が到来します。

 

 

 そして現代、Metoo運動、アラブの春板門店宣言など抑圧されたものが再び噴出や自由を求める声があがろうとする一方、ブレグジットトランプ大統領の台頭など封鎖しようとする流れもあります。そんな中でポン・ジュノ監督は、いまだ光が当たらない韓国の、もっと言うと先進国の貧困層という抑圧され隠された存在に光を当てることでヒッチコック・サスペンスのリバイバルに成功したのではないでしょうか。

 

 最後にまとめなのですが、ヒッチコックは「近代社会において、本当に怖がるということを忘れ、麻痺させた人間に、その能力を取り戻させる力が映画にはある」と述べています。これは怖がることだけでなく、抑圧され隠された人々を認知し共感する能力を失った人間にその能力を取り戻させる力が映画にはあるとも言えないでしょうか。そういった意味で、今回アカデミー賞にノミネートされた映画の中で、巨匠ヒッチコックの流れを汲みつつ現代社会に鋭く切り込んだ本作品は、受賞に値する作品と思います。

 

P.S 身バレするのが嫌なので詳しくは書けませんが、ヒッチコックについては大学の講義を一部参照しています。